2018年6月15日金曜日

ハーフ・コーエン強制法と無限次元トポロジー

▼ ハーフ・コーエン実数問題

みなさん,ハーフは好きですか.ハーフという言葉で何を思い浮かべるでしょうか.

 はい,そうですね.ハーフといえばハーフ・コーエン実数ですね.

 さて,ハーフ・コーエン実数問題とはなんでしょうか.もちろん,コーエンとは,連続体仮説を解決したことで知られる数学者ポール・コーエン (Paul Cohen) です.この解決のために,ポール・コーエンは強制法 (forcing) と呼ばれる手法を編み出したわけですが,これを使って,たとえば $\mathrm{ZFC}$ のモデルに $\aleph_2$ 個の実数を付加した拡大を作ることによって, $2^{\aleph_0}=\aleph_2$ の無矛盾性(連続体仮説の否定の無矛盾性)などを示すことができます.
 さて,コーエン強制法は,数ある強制法のうちでも,最も簡単なもののひとつですが,この手の強制法は,基底モデルに(複数の)実数を付加する,という特徴を持ちます.こうやって,(コーエン強制法に対する)ジェネリック・フィルターから直接抽出される実数たちがコーエン実数 (Cohen real) です.より正確には,基底モデルにボレル・コードを持つ如何なる痩集合にも属さない実数のことを指すのが普通だと思われます.

 と,このような感じに,集合論やその周辺分野の主要な研究対象のひとつとして,このような様々な実数の分析があります.集合論の応用というと,アーベル群のホワイトヘッド予想の独立性やカルキン環の外部自己同型の存在の独立性といったような華やかな話題の方が興味のある方も多いでしょうけれど,華やかな話題の陰には地味な努力の積み重ねあり,ということで,今回は地味な話題にスポットライトを当てていこうと思います.

 そんなこんなで, 集合論の研究者デヴィッド・フレムリン (Devid Fremlin) は,尋ねました.
 「$1$ 回使っただけではコーエン実数を付加しないけれど, $2$ 回累積するとコーエン実数を付加する,ハーフ・コーエン強制法というものは存在するだろうか……?」

 この問題は長きに渡り未解決だったのですが,ついに昨年2014年,ジンドリック・ザプルタル (Jindrich Zapletal) による「次元論と強制法」と題された論文において,ハーフ・コーエン強制法の発見が発表されました.

さて,ザプルタルの《ハーフ・コーエン強制法》とは一体どのようなものなのでしょうか.彼が用いたものは,無限次元トポロジーにおいてヘンダーソン・コンパクト空間 (Henderson compactum) として知られる異常な空間です.この空間は遺伝的強無限次元空間とも呼ばれ,自身は無限次元コンパクト距離空間であるにもかかわらず,任意の(コンパクト)部分空間は零次元または無限次元である,つまり, $1$ 次元以上の有限次元部分空間は含まないという謎空間です.
■ ザプルタルの定理
$\mathbb{P}_I$ をヘンダーソン・コンパクト空間の有限次元コンパクト部分空間全体の生成する $\sigma$-イデアル $I$ から生成される強制法とする.この強制法 $\mathbb{P}_I$ は,《ハーフ・コーエン強制法》である.
ちょっと集合論の話になるけど,出てくるのは強制法くらいなもので,現代的な集合論のむずかしい話はまったく出てこないので,大丈夫です.

▼ 目次

  1. 集合論から:強制法といろいろな超越数
  2. 無限次元トポロジーから (1): 遺伝的無限次元空間とコホモロジー次元
  3. 無限次元トポロジーから (2): ロマン・ポルの弱無限次元空間
  4. 無限次元トポロジーから (3): 弱無限次元空間から被覆の性質 $C$ へ
  5. 数学基礎論から: ロマン・ポルの弱無限次元空間・再訪
  6. 集合論から:イデアル強制法と一対一オア定数性
  7. 集合論から (2): 零次元の強制法から無限次元の強制法へ


集合論から: 強制法といろいろな超越数

ところで,コーエン実数が与えられれば,それは何かしら具体的な実数なわけですが,一体どのような実数なのでしょうか.いや,存在してもしなくても矛盾しない謎のコーエン実数なのだから,この実数について具体的な性質なんか分かるはずがない,とそう思うかもしれません.しかし,実はそんなことはありません.ジェネリックというのは,典型的な性質はなんでも満たす,ということですので,結構色々なことが分かります.
  1.  まず,コーエン実数は超越数です.さらに,コーエン実数を小数展開すれば,あらゆる有限列を含みます.たとえば,円周率 $\pi$ の $314\dots$ から小数点以下 $10$ 億ケタまでに至る数列と全く同じ部分が,コーエン実数の小数展開の中に現れます.一方,コーエン実数は正規数ではありません
  2. 正規数になってくれる実数としては,ランダム強制法によって付加されるランダム実数 (random real) などがあります.ランダム実数は絶対正規数であり,無理数度 $2$  (irrationality measure 2) です.ランダム実数は,たとえばマーティン-レフ・ランダム実数などより圧倒的にランダムです.集合論的なランダム実数から見れば,マーティン-レフ・ランダム実数なんて疑似乱数もいいところなのです.
  3. 一方,サックス強制法によって付加されるサックス実数 (Sacks real) などはランダム実数とは対極的な性質を持ちます.いや,サックス実数は,当然ながら超越数ですが,サックス実数を小数展開しても,全く現れない有限列が存在します.どんな有限列が現れないかは,サックス実数毎に違うかもしれません.ちなみにサックス実数は,ランダム性という意味では,ランダム実数とは対極です.サックス実数は,情報量の観点からは,アルゴリズム的ランダムネスの理論における $K$-自明数列 ($K$-trivial) に類似の性質を持ちます.
と,このように数理論理学の一部は,ある種の超越数論,言うなれば《代数的手法を(あまり)用いない超越数論》という風味の要素もあると思います.自然数列および実数の(定義可能性による)分類には面白い話がいろいろとあるのですけれど,今回はその話は置いておいて,ハーフコーエン実数問題の話に移りましょう.
 ただ,強制法の理論で重要なのは,上で挙げたような絶対的な性質よりは,強制法で新たに付加された実数(整数列)が,基底モデルの実数(整数列)と比べて,相対的にどうなっているか,という点です.たとえば,基底モデル $M$ 上のコーエン実数 $x$ が与えられたとき, $a_n$ を $x$ の $2$ 進小数展開で $n$ 個目の $0$ が出現する桁とします.すると,基底モデルのどんな整数列 $b_0,b_1,b_2,\dots$ を持ってきても,無限個の $n$ について $a_n>b_n$ になります.これはミラー強制法によって付加されるミラー実数なども共有する性質です.レイバー強制法で付加される実数は,さらなる急増大列を付加し,有限個を除く $n$ について $a_n>b_n$ となります.
 さらに,さきほどコーエン実数 $x$ から作った数列 $(a_n)_{n\in\mathbb{N}}$ は,次の無限回同値性を持ちます:
[定義] 自然数列 $a_0a_1a_2\dots$ が $M$ 上無限回同値 (infinitely often equial) とは, $M$ に属す任意の自然数列 $b_0b_1b_2\dots$ に対して, $a_n=b_n$ となる $n\in\mathbb{N}$ が無限に存在することである.

この無限回同値性が,ある意味で,コーエン実数を半分だけ実現する,といった代物になります.なぜかというと,無限回同値を付加する強制法の $2$ 回の蓄積によって,必ずコーエン実数が付加されるからです.したがって,無限回同値数列を付加する強制法をハーフ・コーエンと呼ぶのが妥当かもしれません.そういうわけで,本題のハーフ・コーエン実数問題とは,
■ ハーフ・コーエン実数問題
$\mathrm{ZFC}$ の推移的モデル $M\subset N$ で, $N$ は $M$ 上無限回同値数列を含むが, $M$ 上コーエン実数を含まない,というものは存在するか?
この問題にどのような重要性があるのかと言われると,ちょっと答えにくいところがあります.数学の場合,問題それ自身にではなく,どのようにして解決されたか,という点に価値が生まれることがあります.この問題についても,ザプルタルによる解決手法がロジシャンの盲点にスポットライトを当てるようなものだった,という点に大きな価値があるように感じます.

無限次元トポロジーから (1): 遺伝的無限次元空間とコホモロジー次元

ところで,先に述べたように,ザプルタルのハーフ・コーエン強制法は,ヘンダーソン・コンパクト空間を用いるものです.しかし,そもそも一体どういう経緯で,1960年代のトポロジストたちは,ヘンダーソン・コンパクト空間という,遺伝的無限次元な空間なんていう異常な空間を発見するに至ったのでしょうか.

 時は1920年代から30年代に掛けて,代数トポロジーの前身である,組合せ論トポロジーが活発に研究されていた時代に遡ります.その頃は,徐々に,トポロジーにおいてホモロジー的手法が洗練されてくる時代だったようで,パヴェル・アレクサンドロフ (Pavel Alexandrov) は位相次元論をホモロジー次元論によって塗り替えようと試みていたようです.アレクサンドロフが最初に示した基本定理は,コンパクト距離空間の被覆次元が有限の場合,被覆次元と整係数コホモロジー次元が等しくなるというものです.さて,あとは被覆次元が無限である空間の整係数コホモロジー次元が無限であれば,アレクサンドロフの目論見は上手く達成されそうです.
■ アレクサンドロフの問題
被覆次元が無限のコンパクト距離空間の整係数コホモロジー次元は無限であるか?
さておき,アレクサンドロフの問題に戻りますと,位相空間のコホモロジー次元の定義は,閉部分集合のみを参照にするのですから,コンパクト空間が任意有限次元の閉部分空間を含むことさえ示してしまえば,整係数コホモロジーが無限であることが保証されます.ところで,
任意の有限次元コンパクト距離空間は,それ以下の任意の次元の閉部分空間を含む
ということから,無限次元で同様のことが示されれば,全ては解決です.この問題は最初に1926年にトマルキン (L. Tumarkin) によって問われたそうです.実際に出版論文中で明確にこの問題が提示されたのは,1933年にマズルキヴィッチ (Stefan Mazurkiewicz) によるものが最初だそうです.
■ 有限次元部分空間問題
任意の無限次元コンパクト距離空間は,任意有限次元の閉部分空間を含むか?
しかし,やはり無限次元の世界に広がるのは魔境でした.人々がいくら考えても,どうにも上手く解決できない.そうするうちに,人々は,無限次元だとそうは問屋が卸さないのではないかと,薄々と勘付きはじめました.実際,1932年には既に,フレヴィッツが,連続体仮説の下で,全ての部分空間が零次元であるか無限次元であるような無限次元可分距離空間を構成していました.

 さて,問題が提示されてから数十年経つ頃となり,1965年にヘンダーソン (Henderson) がついに全ての閉部分空間が零次元であるか無限次元であるような無限次元コンパクト距離空間を構成することに成功しました.その後,1967年のアーエイチ・ビング (R. H. Bing) の論文を初めとして,1970年代前半までに構成の簡易化が行われたようです.その決定版は,1978年の L. Rubin, R. Schori と J. Walsh によるもので,無限次元トポロジーの教科書に載っているような手法は彼らの構成のようです.この手法を応用することで,1981年に John Walsh は,ヘンダーソンのコンパクト空間より更に強い性質を持った遺伝的無限次元空間を構成しました.
■ Walsh の定理
任意の部分空間が零次元であるか無限次元であるような無限次元コンパクト距離空間が存在する.
というわけで,遺伝的無限次元空間が存在することが分かってしまったので,アレクサンドロフの問題を肯定的に解決するのはそう単純な話じゃないぞ,ということになります. 一方,否定的解決についてはどうかというと, Walsh はその時点で知られていた様々な遺伝的無限次元空間のコホモロジー次元を計算し,それらはいずれも無限コホモロジー次元を持つことを示しました.つまり,遺伝的無限次元空間が存在してしまったとはいえど,ただちにアレクサンドロフの問題を解決するわけではありませんでした.

 ところで,遺伝的無限次元空間が発見された前後頃から,位相空間のコホモロジー次元論と幾何学的トポロジーを結びつける様々な事実が発見され始めていたようです.この代表的なものとして,有限次元多様体上のセルライク写像が次元を上昇させるかというセルライク次元上昇写像問題 (cell-like dimension raising map problem) という問題が,アレクサンドロフの問題と同値であることが示されたそうです.ここでセルライク写像とは,全てのファイバーが一点のシェイプを持つような写像のことです.
■ セルライク次元上昇写像問題
有限次元コンパクト距離空間から無限次元空間へのセルライク写像が存在するか?
これにより,アレクサンドロフの問題の重要性がますます大きくなっていったようでした.このアレクサンドロフのコホモロジー次元に関する問題と,セルライク写像を結びつけたものが,Edwardsのセルライク分解定理です.整係数コホモロジー次元 $n$ 以下の任意の空間 $X$ に対して,被覆次元 $n$ の空間 $Y$ からのセルライク写像 $f:Y\to X$ が存在するというものです.
 この辺になると遺伝的無限次元空間は関係なくなるので,詳細は省きますが,その後,最終的には, Drashnikov によってコホモロジー次元 $3$ の無限次元コンパクト距離空間が発見され,もう少し後になるとコホモロジー次元 $2$ の無限次元コンパクト距離空間も発見されたそうです.これより, $I^5$ から無限次元空間へのセルライク写像が存在することも帰結されることとなります.

 とまあ色々と語りましたが,ザプルタルの論文でヘンダーソン・コンパクト空間を見て,人々は何を思ってこんな空間を構成したのだろうと,背景に興味があってざっと調べてみた内容がこれです.とはいえ,こんな筆者のにわか知識に基づく文を読むよりも,専門家のサーヴェイ論文を眺めた方が遥かに勉強になると思いますので,ひとつ参考文献へのリンクを貼っておきます:

コホモロジー次元論の最近の展開 - Edwards-Walsh resolutionの存在と応用 -
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sugaku1947/53/4/53_4_349/_article/-char/ja/

無限次元トポロジーから (2): ロマン・ポルの無限次元コンパクト空間

ところで,ハーフ・コーエン実数問題の解決に一役を買った人物のひとりにロマン・ポル (Roman Pol) がいます.ロマン・ポルは,かつて,無限次元トポロジーの分野においてアレクサンドロフが提出したとある数十年来の問題を解決したことにより名声を得た人物でした.
 
 世の中には色々な無限次元空間がありますが,無限次元も十人十色であって,「かなりやばい無限次元」もあれば「大したことのない無限次元」もあります.アレクサンドロフは,1950年代になっても,トポロジーの最先端を開拓するのと並行に,古典的な位相次元論の観点からも,果敢に無限次元に挑み続けていたようです.

 無限次元の話に入る前に,まず有限位相次元の様々な概念に触れておきます.位相次元論で最も基本的なものはルベーグ被覆次元 (covering dimension) ですが,(良い空間においては)様々な同値概念が知られています.そのひとつが,1938年のサミュエル・アイレンベルグ (Samuel Eilenberg) らによる閉集合の対の分割の列の数による特徴づけです.

 たとえば,$2$ 次元の正方形だったら,左の辺 $I_{\rm left}$ と右の辺 $I_{\rm right}$ を引き離す任意の切り取り線 $L_{\rm lr}$ と,上の辺 $I_{\rm top}$ と下の辺 $I_{\rm bottom}$ を引き離す任意の切り取り線 $L_{\rm tb}$ は必ず交点を持ちます.このような $2$ つの閉集合対 $(I_{\rm left},I_{\rm right})$ と $(I_{\rm top},I_{\rm bottom})$ のように,どう引き裂こうとも断面が交点を持つようなものを本質的と言います. $2$ 次元の場合,どんな $3$ つの閉集合対も本質的にはなり得ないのですが, $3$ 次元の立方体であれば, $3$ つの向かいあう面の対 $(S_{\rm left},S_{\rm right})$, $(S_{\rm top},S_{\rm bottom})$, $(S_{\rm front},S_{\rm back})$ が本質的になります.実は,被覆次元は,本質的になりえる閉集合対の個数の最大値によって特徴づけられる,というものがアイレンベルグ-オットーの定理として知られています.

 このアイデアは,彼らの定理に先立つアレクサンドロフやフレヴィッツによる被覆次元の拡張次元 (extension dimension) による特徴付けから来ているのかなと思います.拡張次元による特徴付けとは,被覆次元 $n$ であることと $\mathrm{ext}(X)\leq S^n$ (つまり, $n$ 次元球面が $X$ の absolute extensor であること)が同値というものです.これは,被覆次元とコホモロジー次元の共有する性質として重要で,たとえば,局所コンパクト空間 $X$ とアーベル群 $G$ に対して, $G$-係数コホモロジー次元が $\mathrm{cdim}_G(X)\leq n$ であるということと,拡張次元が $\mathrm{ext}(X)\leq K(G,n)$ であること(アイレンベルグ-マクレーン空間 $K(G,n)$ が $X$ の absolute extensor であること)が同値であることが知られています.
 この究極的な発展系と しては, 90年代に Drashnikov が提唱しているように,被覆次元論とコホモロジー次元論を統一する《一般位相次元論》においては,位相次元は数値を取るものではなく,拡張次元のように, $\mathrm{CW}$ 複体(の拡張型)を値に取るものと考えるのが適切なようです.

 さらに,数ある次元概念の中でも,拡張次元は良い振る舞いをすることが分かっています.たとえば,1950年代に展開された正規空間上の位相次元論では,被覆次元と帰納次元が異なる場合がありうると示されてしまっているのですが,アイレンベルグの分割列や拡張次元は被覆次元の方をしっかり特徴付けているようです.何はともあれ,おそらくアレクサンドロフは拡張次元の重要性に勘付いていたためか,次元の分割列による特徴付けに着目しました.

 数ある位相次元概念の中で,最も重要なもののひとつは,ウリゾーンの帰納次元 (inductive dimension) です.ウリゾーンのアイデアの源泉は,おそらく1912年頃にポアンカレによる《次元》という概念の《帰納的》な説明です.
『立体』を切断したときの切り口は『面』であり,『面』を切断したときの切り口は『線』であり,『線』を切断したときの切り口は『点』であり,『点』はもう切断できない.
つまり,切り口を取るたびに《次元》が少なくとも $1$ ずつ下がっていくようだから,逆に,初期状態から『点』に辿り着くまでに必要な切断回数(の上界)を《次元》の定義にしてしまおう,という発想ですね.このアイデアは直接は上手くはいかないのですが,ポアンカレのアイデアと発想を等しくする様々な種類の帰納次元が定義され,そのひとつがウリゾーンによる(小さい)帰納次元でした.このウリゾーンの帰納次元は,ウリゾーン自身が原論文で注釈にて指摘しているように,それが帰納的定義であるが故に,次元は順序数値を取り得ることができます.26歳で早逝したウリゾーンには超限帰納次元 (transfinite inductive dimension) の理論を発展させる時間はありませんでしたが,彼のアイデアを引き継いだ研究者が1940年代頃から活発にその分析を行い始めました.

 たとえば, 有限次元ユークリッド空間たち $\mathbb{R},\mathbb{R}^2,\mathbb{R}^3,\dots$ の直和の被覆次元は無限次元ですが,超限帰納次元の意味では,最小の可算順序数 $\omega$ 次元となります.このような,有限次元空間に毛が生えた程度のゆるい無限被覆次元空間の場合,帰納次元は真の無限 $\infty$ ではなく,何らかの順序数値を取ります.一方,ヒルベルト・キューブのような本物の無限次元空間は,超限帰納次元の意味でも真の無限 $\infty$ となります.1940年代の代表的な定理として,フレヴィッツ '(Witold Hurewicz) は,ポーランド空間の帰納次元が順序数値でおさえられることと,有限被覆次元の部分空間たちの可算和として書けることが同値であることを示しています.

 そういうわけで位相次元の世界には,まず
『有限被覆次元』か『無限被覆次元』か
という第一の区分があり,無限被覆次元の中でも,
『帰納次元が順序数値でおさえられる』か『帰納次元が真の無限 $\infty$ に達する』か
という第二の区分があります.無限被覆次元の第三の区分は,1940年代にアレクサンドロフによって考案されたもので,アイレンベルグ-オットーの特徴付けの無限次元版を導入することでした.アレクサンドロフによれば,位相空間が強無限次元 (strongly infinite dimensional) とは,閉集合対の無限列で本質的であるものが存在することで,そうでないとき,弱無限次元 (weakly infinite dimensional) と呼ばれます.

 ちなみに,この閉集合対のアイデアは,前節のヘンダーソン・コンパクト空間の構成でも重要で,無限次元トポロジーの教科書のほとんどに載っているような有名な構成では,閉集合対の無限列の分断列の共通部分として,記述集合論的な意味で普遍 (universal) なものを取る,という発想に基づくものとなります.この構成を利用すると,実際には,遺伝的強無限次元コンパクト距離空間,つまり,任意の部分空間が零次元であるか強無限次元であるようなものが出来上がります.

 ところで,『帰納次元が順序数値でおさえられる』ならば『弱無限次元』です.
被覆次元が有限  $\iff$  帰納次元 $<\omega$  $\Longrightarrow$  帰納次元 $<\infty$  $\Longrightarrow$  弱無限次元
最初の $2$ つの有限次元性は,アイレンベルグとオットーによって閉集合列の分割を用いた特徴付けが与えられていたことは先に述べたとおりです.すると,超限帰納次元性にもアイレンベルグ-オットー型の特徴付けがあるのではないかと期待できます.すなわち最後の矢印の逆は成立するでしょうか.これが1950年代になってアレクサンドロフの尋ねた問題でした.
■ アレクサンドロフの問題(2)
任意の弱無限次元コンパクト距離空間の帰納次元は順序数値を持つか?
この問題を提示したアレクサンドロフの原論文がロシア語で書かれており,翻訳された文献が無く,ロシア語に疎い筆者には,1950年代になってこのような問題を尋ねた彼の真の動機は分かりません.ただ,このアレクサンドロフの問題(2)は,野性的な無限次元の世界を開拓するためのひとつの指針となっていったようです.

 このアレクサンドロフの問題(2)の解決の鍵は,完全不連結な高次元ポーランド空間です.歴史を辿ると,一次元の完全不連結ポーランド空間の存在を最初に示したのは,1921年のシェルピンスキの論文だそうです.1927年にはマズルキヴィッチがより高次元の完全不連結ポーランド空間を存在を示しています.その後,1940年にはポール・エルデシュが,完全不連結な一次元空間の比較的自然な例として,エルデシュ空間と今日呼ばれているものを定義しています.1970年代末になると,無限次元空間を構成する新たな技法に関する論文が提示され,この中で,遺伝的強無限次元コンパクト空間や完全不連結な強無限次元ポーランド空間の構成が行われます.ロマン・ポルは1981年の短い論文の中で,完全不連結な強無限次元ポーランド空間の Lelek の意味でのコンパクト化が,上記のアレクサンドロフの問題(2)の反例となることを指摘しました.
■ ロマン・ポルの定理
帰納次元が順序数値を持たない弱無限次元コンパクト距離空間は存在する.
余談ですが,無限次元トポロジーの分野で業績を挙げている人物に,ロマン・ポル氏の他にエリザビエータ・ポル氏という方がいます.筆者は無限次元トポロジー界隈とは全く接触の無い業界にいるため,向こうの人間関係は全く存じ上げないのですが,まあ夫婦なのかなと思っています.しかし,それぞれの論文を読む限り,手法はなんとなく対極かなと思うところがあって,ロマン・ポル氏は論文毎に手口を変えて不思議な発想でアタックしてくるタイプで,また,その根幹に記述集合論の風味をかすかに感じます.一方,エリザビエータ・ポル氏はお気に入りの証明手法に拘って力技で突き進むタイプという雰囲気を論文から感じます.個人的には,ロマン・ポルの論文の方が発想がエキサイティングで好みです.

無限次元トポロジーから (3): 弱無限次元空間から被覆の性質 $C$ へ

超限帰納次元は真の無限に達せども,いまだ無限次元空間の中では小さい部類,それがロマン・ポルの空間でした.彼の空間は,実際は弱無限次元というだけではなく,より有限次元に近い性質である,性質 $C$ と呼ばれるものを満たします.性質 $C$ の立ち位置は,帰納次元が順序数値を持つことと弱無限次元性の中間といったところで,実際,パラコンパクト空間に対して,次が成り立ちます.
帰納次元 $<\infty$  $\Longrightarrow$  性質 $C$ を満たす  $\Longrightarrow$  弱無限次元
この性質 $C$ というものは, 1970年代に W. Haver によって距離空間に対して導入され,1980年 D. Addis と J. Gresham によって,より一般的な定義が与えられました.これはもともと絶対近傍レトラクト (absolute neighborhood retract; ANR) の研究の流れで考案されたもののようで,局所可縮距離化可能 $C$-空間は ANR である,というものが基本的な結果として最初に証明されたようです.

 1980年代になると,性質 $C$ とセルライク写像の関連性が色々明かされ始めます.これにより,セルライク次元上昇問題の観点から, $C$ 空間に注目が寄せられることとなったようです.具体的には,シェイプ理論において,プロパー写像が遺伝的シェイプ同値 (hereditary shape equivalence) ならセルライクである,という関係があります.この概念を考えると,セルライク次元上昇問題とちょっと違う状況になるようです.まず,1930年代末のアレクサンドロフによる本質写像定理を用いると,有限次元性が遺伝的シェイプ同値の下で保たれる,つまり次元上昇は発生しないことが分かります.
 一方,1980年代にフレドリック・アンセル (Fredric D. Ancel) は「セルライク関係に関する可算次元性の役割」に関する論文で, $C$-空間に関する興味深い性質をいろいろ証明しました.代表的な定理として重要なのは,値域を距離化可能 $C$-空間とするセルライク写像は遺伝的シェイプ同値というものです.この定理と先ほどのコメントを合わせれば, $C$-空間に関して次の定理を示せます.
■ アンセルの定理
コンパクト距離化可能 $C$-空間について,被覆次元と整係数コホモロジー次元は等しい.
というわけで, $C$-空間という一般には有限次元からほど遠い世界でも,被覆次元と整係数コホモロジー次元が一致するという,1930年代以来のアレクサンドロフの定理のようやく非自明な拡張を得た,という感じになります.この定理を含むアンセルの仕事の結果, $C$-空間が「わりと扱いやすい無限次元」という立場を得た,という雰囲気を感じます.なんか有限次元で成り立つ結果は,一般の無限次元では無理でも, $C$-空間までならわりとなんとかなるんじゃないか,という風潮ですね.

 その先の話題として,詳細はぜんぜん知らないのですが, Dranishnikov が安定コホモトピー次元というものを導入して,これが,整係数コホモロジー次元と被覆次元の中間の値を取ることを示したそうです.さらに,なんと,強無限次元空間の安定コホモトピー次元は必ず無限になるのだそうです.
 そうすると,被覆次元と安定コホモトピー次元の関係で未解明なのは,弱無限次元だけれども $C$-空間ではないコンパクト距離空間だけなのです.が,しかし,安定コホモトピー次元以前の問題で,弱無限次元でないけど $C$-空間じゃないようなやつなんて,そもそも存在するのか,というところが未解決問題です.
■ 未解決問題
コンパクト距離空間に対して,弱無限次元であることと性質 $C$ を満たすことは同値か?
もし,これが同値であれば,整係数コホモロジー次元の場合とは異なり,安定コホモトピー次元は被覆次元と正確に一致することとなります.ただし,この未解決問題に関しては,だれだれが2005年に反例を発表したという記述もあります.とはいえ,その反例の論文を探しても見つからず,結局,証明に間違いが見つかったということなのでしょうか.無限次元トポロジー界隈に知り合いがいないので,実際どうなのかよくわかりません.
 
 というわけで,無限次元トポロジーのこの手の研究の現在のミステリーは「性質 $C$ があれば成り立つが,弱無限次元では成り立つか怪しい性質がいっぱいある」にもかかわらず「しかし性質 $C$ と弱無限次元性が別物なのかよくわからない」という感じのようです.
 
 ところで話は変わりますが,強制法の観点からは,無限次元トポロジーで,ホモトピー稠密性などと関連して長らく研究されてきた $Z$-集合の関連物である $\sigma Z_n$ 集合がどういう振る舞いをするのか気になっています.これはヒルベルト・キューブの $\sigma$-イデアルをなすことですし,これを基に強制法をすれば実数列が付加されるので,何か面白い話は出てこないかな,と期待しているんですがどうなんでしょう.近年のジェネラル・トポロジーへの強制法的手法の浸食は著しいので,近いうちに集合論の人がこの辺りを明かしてくれそうな気もします.
 あとは,さらにこの発展系である絶対 $Z_\infty$-空間もちょっと気になっています.どうやら超限シュタインケ次元 (transfinite Steinke dimension) を持つなら絶対 $Z_\infty$-空間らしいのですが, $C$-空間というだけで絶対 $Z_\infty$-空間になるかは分かっていないようです.とはいえ,ロマン・ポルの反例は超限シュタインケ次元を持つので,絶対 $Z_\infty$-空間になります.この辺りの話がうまく強制法と噛み合ってくれれば楽しいと思っているのですが…….この辺は出現し始めたばかりの概念で未解決なことばかりなので,今後の動向に注目しています.

数学基礎論から: ロマン・ポルの弱無限次元空間 再訪

ところで,アレクサンドロフ問題に対するロマン・ポルの反例なのですが,これは数学基礎論的にも少しばかり興味深い側面があるのではないかとちょっとばかり思っております.

 歴史を遡れば,1931年にクルト・ゲーデルは不完全性定理を証明し,1936年,アルフレッド・タルスキは,有名な真理定義不可能性定理,つまり「算術の真理は算術的論理式では定義できない」ことを示しました.ここで,算術的論理式というものは,たとえば次のような自然数に関する論理式です:
\[(\forall n,a,b,c\in\mathbb{N})\;[n\geq 3\;\land\;a,b,c\not=0\;\rightarrow\;a^n+b^n\not=c^n].\]
 記号としては,述語論理記号($\mathbb{N}$ 上の量化記号)と自然数上の通常の乗法 $+$ と加法 $\times$ を使ってよいとしましょう.すると,たとえば,「$p$ は素数である」とか,大体のものは算術的論理式として表せます.ところで,各算術的論理式のゲーデル数を考えることで,各論理式を一つの自然数だと思うことができます.なお,ゲーデル数というのは,文字を数字に置き換える(任意の)コーディングのことで,あくまで1930年代当時には目新しい発想だったために,わざわざゲーデル数という呼び名が付けられています.ただ,コンピュータ時代の現代には至る所で当たり前に使われている発想なので,ゲーデル数という専門用語に臆したり,あるいは過度な幻想を抱かないように注意しましょう.
■ タルスキの真理定義不可能性定理 次を満たす算術的論理式 $T$ は存在しない:
 $\mathbb{N}$ において,ゲーデル数 $n$ の算術的文は真である $\iff$ $\mathbb{N}$ において,$T(n)$ は真である
一方,算術的真理は,算術的に陰定義可能であることが知られています.関数 $f:\mathbb{N}\to\{0,1\}$ が与えられたとき, $f[k]$ を二進表記で $1f(k)f(k-1)f(k-2)\dots f(1)f(0)$ によって表される自然数,つまり $f[k]=2^k+\sum_{i=0}^k2^if(i)$ とします.
■ 算術的真理の陰定義可能性 次の $2$ 条件を満たす算術的論理式 $T$ が存在する:
  1. $\forall k\in\mathbb{N}\;T(f[k])$ が $\mathbb{N}$ において真であるような $f:\mathbb{N}\to\{0,1\}$ は唯一である.
  2. その唯一の $f$について,$\mathbb{N}$ においてゲーデル数 $n$ の算術的文が真である $\iff$ $f(n)=1$.
オディフレッディの著書によれば,これを最初に(陰に)証明したのは,ヒルベルトとベルナイスの著書『数学の基礎』 (Grundlagen der Mathematik) だそうですが,おそらく現代とは全く違う用語で書かれているので,どれがこの定理に該当するのか見つけるのは困難そうです.ちなみに現代的な観点からは,算術的真理の陰定義可能性の証明は非常に簡単です.

 ヒルベルト-ベルナイスの時代から時は流れ,このような陰定義可能性の詳細な研究は,1960年代頃に再び脚光を浴びます.コーエンが1963年に強制法を導入し,連続体仮説の独立性証明を発表した後,1965年にソロモン・フェファーマン (Solomon Feferman) は,「強制法の概念とジェネリック集合のいくつかの応用」に関する論文を執筆し,強制法の簡易化である算術的強制法を導入し,陽に $\Delta_{n+1}$ 定義可能であるけれども,陰にさえ $\Pi^0_n$ 定義不可能である集合 $G\subseteq\mathbb{N}$ の存在を示しました.現代的な言葉を使えば,(算術的)コーエン $n$-ジェネリックがこのような性質を持つことは容易にわかります.

 さて,算術的真理の陰定義可能性のからくりは,再帰理論において $\omega$-$\mathrm{REA}$ と呼ばれる概念に抽象化されます.この概念は,真理定義不可能性から離れても様々な文脈において現れていたものを,1983年にカール・ショカシュ (Carl Jockusch) とリチャード・ショア (Richard Shore) によって抽出されたものです.この概念を用いると,真理陰定義可能性定理は,
$\omega$-$\mathrm{REA}$ 実数は $\Pi^0_2$ シングルトンである
という結果の自明な系となることがわかります.
 算術的文の量化記号の階層(算術的階層)と,位相空間のボレル集合の階層の類似は1940年代頃から深く研究され,膨大な量の結果が知られています.そのうち,最初期の基本的な結果は算術の階層における $\Pi^0_2$, ボレル階層における $G_\delta$, 位相空間論における可分完備距離化可能性を繋ぐ事実です.これを,真理陰定義可能性定理と組み合わせると,

$\omega$-$\mathrm{REA}$ マシンのグラフはポーランド空間である!

 唐突に出てきた $\omega$-$\mathrm{REA}$ マシンですが,これを少し説明します.実際には,ここでの議論で重要になるのは,この変種である $\omega$-左 $\mathrm{REA}$ マシンです.このマシンは,アルゴリズム的手続きに沿って,世代交代を経ながら,実数列を生成します. $\omega$-左 $\mathrm{REA}$ マシンは,本質的にはチューリング・マシンの無限列で,次の動作を実行します.
  1. まず,マシンに入力として実数 $0\leq x\leq 1$ を与えます.
  2. 第 $1$ 世代の子チューリング・マシンは,実数 $x$ を神託に用いて, $1$ 未満の有理数の上昇列を作り,その極限値 $y_1$ が第 $2$ 世代の孫チューリング・マシンに継承されます.
  3. 第 $n+1$ 世代チューリング・マシンは,実数列 $x,y_0,y_1,\dots,y_n$ を神託に用いて, $1$ 未満の有理数の上昇列を作り,その極限値 $y_{n+1}$ が第 $n+2$ 世代チューリング・マシンに継承されます.
  4. この過程で得られる実数列 $(y_n)_{n\in\mathbb{N}}\in [0,1]^\mathbb{N}$ が $\omega$-左 $\mathrm{REA}$ マシンの出力です.
ちなみに今更ですが, $\mathrm{REA}$ は recursively-enumerable-in-and-above の略です.この $\mathrm{RE}$ というのは,計算理論では頻出用語なので,見かけたことのある人も多いと思います.

 ところで,この $\omega$-$\mathrm{REA}$ の発想はと言いますと,算術の真理の複雑性を自然に抽象化したものです.算術的論理式というものは,自然数に関する全称記号 $\forall$ と存在記号 $\exists$ から成り立っているわけです.なので,与えられた算術的論理式に対して,各世代のチューリング・マシンは,一つの量化記号の真偽判定を担当し,その真理値を次の世代に継承していきます.そうすると,ある世代のチューリング・マシンのところで,真偽判定が終了することとなります.これはつまり,算術の真理は $\omega$-$\mathrm{REA}$ である,ということとなります.

 さて,世の中に万能チューリング・マシンが存在するのと同様の理屈によって,万能 $\omega$-左 $\mathrm{REA}$ マシンが存在します.万能チューリング機械というのは,大雑把に言えば,日常的に出回ってるコンピュータのことです.皆さまがこのブログを読むのに使ってる媒体は,パソコンかスマホか分かりませんが,ちょっとテープの長さが足りないことに目をつむるとすれば,だいたい万能チューリング・マシンです.

 すると,なんと,万能 $\omega$-左 $\mathrm{REA}$ マシンのグラフは,これをヒルベルト・キューブ $[0,1]\times [0,1]^\mathbb{N}$ の部分空間として見たとき,完全不連結な強無限次元ポーランド空間になっていることが分かります.

万能 $\omega$-左 $\mathrm{REA}$ マシンのグラフは完全不連結な強無限次元ポーランド空間である!

 そうすると,無限次元トポロジーにおけるロマン・ポルのアイデアを利用すれば,次が証明できるというわけです.
■ 定理 万能 $\omega$-左 $\mathrm{REA}$ マシンのグラフの Lelek の意味でのコンパクト化は,アレクサンドロフの問題(2)の反例である.つまり,帰納次元が順序数値を持たない弱無限次元(実際,性質 $C$ を持つ)コンパクト距離空間である.
つまり,これは上で述べたロマン・ポルによるアレクサンドロフの問題の解決の別証明となります.数学基礎論や計算可能性理論で生まれた $\mathrm{REA}$ という概念がこのように無限次元トポロジーと結びつくのは興味深いですね!
 ちなみに, $\omega$-左 $\mathrm{REA}$ マシンを $n$ 世代までに制限したものを $n$-左 $\mathrm{REA}$ マシンと呼ぶことにすると,これもまた興味深い性質を持ちます.
■定理 万能 $n$-左 $\mathrm{REA}$ マシンのグラフ $G$ は, $[0,1]\times [0,1]^n$ の部分空間として見たとき,被覆次元が $n$ の全不連結ポーランド空間である.さらに,この万能 $n$-左 $\mathrm{REA}$ マシンのグラフの $G$ の可算直積の被覆次元も $n$ である: $\mathrm{dim}(G)=\mathrm{dim}(G^\mathbb{N})=n$.
通常,実数空間 $\mathbb{R}$ のような $1$ 次元空間でさえ,可算直積 $\mathbb{R}^\mathbb{N}$ を考えると当然ながら,無限次元の中でもやばい無限次元である強無限次元空間になってしまうので,この万能 $n$-左 $\mathrm{REA}$ マシンのグラフの次元論的性質はちょっと興味深いですね.
 ちなみに位相次元論において $\mathrm{dim}(G)=\mathrm{dim}(G^\mathbb{N})=n$ なるポーランド空間の存在を最初に示したのは John Kulesza という人物で,1990年のことのようです.わりと最近ですね.(2018年追記:昨年,参加した環太平洋トポロジー会議で,ポーランド群 $G$ でそのようなものが存在するかどうかは未解決だという内容の講演がありました)

集合論から:イデアル強制法と一対一オア定数性

ここまでの無限次元トポロジーの話の主要人物として登場していたロマン・ポルですが,実は,本題のハーフ・コーエン実数問題において大きな役割を担うこととなります.ロマン・ポルは,元々,記述集合論の香り漂う手法を好んでいるきらいがあったとはいえ,直接的にロジックの領域に踏み込んだ論文を書いていたことは,これまでになかったように思います.様子を伺うと,この背後には,どうやらザプルタルの愛弟子で,前回のヴォート予想の記事にて作用素環論への記述集合論の応用の話題のときにも登場した,若き集合論の研究者マーチン・サボクの影響がいくらかあったようです.

 時代を遡ると,1963年にポール・コーエンが連続体仮説の独立性を示すためにコーエン強制法を導入したのはよく知られた事実です.コーエン強制法の明らかな性質として,基底モデル $V$ とコーエン実数を付加したジェネリック拡大 $V[G]$ との間には,無数の中間的モデルが存在するということでした.これは,ランダム強制法 (random forcing) などにも共有する性質です.一方,そのような強制法とは対極をなすのが,1971年にジェラルド・サックス (Gerald Sacks) によって導入されたサックス強制法 (Sacks forcing) です.この強制法によるジェネリック拡大は極小,すなわち基底モデルとジェネリック拡大の中間的モデルが存在しないことが分かります.このような性質を持つ他の強制法としては,たとえばミラー強制法 (Miller forcing) やレイバー強制法 (Laver forcing) などが知られています.その後,今世紀になって,ザプルタルは,次の定理を示しました.
■ ザプルタルの定理
十分な巨大基数公理の下で,ポーランド空間の閉部分集合の族によって生成される普遍ベール $\sigma$-イデアルに付随する強制法は,コーエン実数を付加するか,さもなくば極小である.
さて,サックス強制法,ミラー強制法,レイバー強制法をはじめとする極小ジェネリック拡大を与えるような強制法は,一対一オア定数性 (one-to-one or constant property) という性質を持ちます.一方,ザプルタルの定理の証明からは,極小性は導かれても,一対一オア定数性を導くことができるかどうかは明らかではありませんでした.ここで,ポーランド空間 $X$ の $\sigma$-イデアル $I$ が一対一オア定数性を持つというのは, $X$ の $I$-正ボレル部分集合から実数への如何なるボレル可測写像も,うまく $I$-正ボレル部分集合に制限すれば,単射であるか定数値になる,というものです.
 この一対一オア定数性の起源は,1950年代中頃のクリフォード・スペクター (Clliford Spector) の博士論文まで遡ります.彼はその論文で,完全閉集合による実数の近似構成を導入し,極小チューリング次数 (minimal Turing degree) の存在を示しました.つまり,アルゴリズム的に非可解な決定問題であるが,(チューリング次数の意味で)それより真に簡単だが未だ非可解であるような決定問題は存在しない,というものの存在を示しています.このスペクターの定理が,あらゆる極小ジェネリック拡大の祖先となっており,まず,1967年に出版されたロビン・ガンディ (Robin Gandy) とジェラルド・サックスの論文において,スペクターの手法に強制法のアイデアを織り込み,極小超次数 (minimal hyperdegree) の存在を示します.その後,1971年に,この手法の集大成として,サックス強制法が導入されるこことなりました.事実,サックス強制法が最初に導入された1971年の論文によれば,サックスは「完全閉集合による強制法は,コーエンによる有限条件の強制法の発明と,スペクターによる極小チューリング次数の構成に起源を持つ」と述べています.
  さて,話を戻すと,ザプルタルの定理における極小性という帰結を,一対一オア定数性という帰結に改良できないかということが自然に問われることとなります.2011年,ザプルタルは,弟子のサボクと共に,この問題に肯定的な解決を与えます.
■ ザプルタル-サボクの定理
ポーランド空間の閉部分集合の族が生成する $\sigma$-イデアルに付随する強制法は,コーエン実数を付加するか,または一対一オア定数性を持つ
というわけで,コーエン実数を付加するか,一対一オア定数性を持つかというダイコトミーを得たわけです.じゃあ具体的にどういう強制法が一対一オア定数性を満たすか調べようじゃないか,というのが研究者心です.本稿に関わりの深い問題は,以下の Elekes の問題です.
■ Elekes の問題
ヒルベルト・キューブの有限次元閉部分集合から生成される $\sigma$-イデアルは,一対一オア定数性を持つか?
この次元論的な $\sigma$-イデアルによる強制法 $\mathbb{P}$ の重要性に気づいたのはザプルタルでした. $x$ を $\mathbb{P}$-ジェネリック点とすると,実数列 $(x_n)_{n\in\mathbb{N}}$ と考えてよいわけですが,これは自然数列の列 $(\tilde{x}_n)_{n\in\mathbb{N}}$ と同一視できます.実は,これをまとめた自然数列 $(\tilde{x}_{n,k})$ が無限回同値数列となります.なぜかというと,まず,固定した自然数列 $z$ と $1$ 回同値にならない実数全体は,疎集合をなすので,零次元になります.ひとつの自然数列 $(z_n)_{n\in\mathbb{N}}$ を無限個の部分列に分割して,無限個の自然数列 $(z_{m,n})$ と同一視できるわけですが,零次元空間空間の可算直積は再び零次元なので,ジェネリック点は必ずこれを回避するはずであり,したがって,どこかで $1$ 回同値になるということが導かれます.

さて,本記事の初めの方に述べたように,無限回同値数列を付加する強制法を $2$ 回累積すると,コーエン実数が必ず付加されます.したがって,残るはこの次元論的強制法 $\mathbb{P}$ がコーエン実数を付加しないことを証明できさえすれば,これが目的のハーフ・コーエン強制法ということになります.

鍵となるのは,2012年にロマン・ポル (Roman Pol) とザクシェフスキ (P. Zakrzewski) による「ボレル写像と,閉集合によって生成される $\sigma$-イデアル」という論文で発表された次の定理です.
■ ポル-ザクシェフスキの定理
余解析的層化キャリブレーションを持つ $\sigma$-イデアルは,一対一オア定数性を持つ.
キャリブレーションというのは,ケクリスによって,調和解析の記述集合論的分析の中で導入された概念だそうです.非常にテクニカルな条件なので,ここでは解説はしません.ポルとザクシェフスキは,ヒルベルト・キューブの有限次元閉部分集合から生成される $\sigma$-イデアルが余解析層化キャリブレーションを持つことを示しました.さらに,ザプルタルは,強無限次元ヘンダーソン・コンパクト空間の有限次元閉部分集合から生成される $\sigma$-イデアルがキャリブレーションを持つことを示しました.これがザプルタルがヘンダーソン・コンパクト空間を用いて強制法を構成した理由です.

以上のようにして,次元論的強制法が無限回同値数列を付加し,すなわち $2$ 回の累積でコーエン実数を付加するが, $1$ 回の適用ではコーエン実数を付加しない,ハーフ・コーエン強制法であることが示されたのでした.

集合論から: 零次元の強制法から無限次元の強制法へ 

というわけで,ハーフ・コーエン実数問題,解かれてしまえば,その手法は極めて簡単で,なんでこんなものが長らく未解決だったんだ,という思うところもあります.
この著者のザプルタルの証明自体は非常にシンプルで,技術的にもまったく難しくありません.しかし,解決の鍵は,どうも近年までの数理論理学のわりと盲点にあって,巧みに数理論理学者の手を避け続けていたというような,そんな印象を受ける証明でした.このため,最近まで解決されなかった理由も頷けるかな,と感じたのですが,単に,そもそもマニアックな問題なので,注目度が低かっただけかもしれません.

 数理論理学者の盲点とはなんだったのか.それは,自然数列が「数理論理学者の実数 (logician's reals)」と呼称されることもあるように,ベール空間の点,あるいは下手をすればポーランド空間の点なら,なんでも《実数》呼ばわりをする,そのアバウトさだったような気がします.実はこれはボレル同型の観点からは妥当な考え方で,クラトフスキの古典的な定理から,標準ボレル空間は全てボレル同型なので,ベール空間も実数空間も区別する必要はないわけです.集合論的トポロジーなどでは様子は異なるかもしれませんが,集合論の古典的な話題でボレル同型より細かい視点を考えることは少ないように思えます.というわけで,ポーランド空間の古典記述集合論は,多くの議論が零次元に還元可能であり,高次元空間が役に立つという発想があまり出てこなかったようです.
 たとえば,サックス強制法,ミラー強制法,レーバー強制法といった樹形強制法は明らかに典型的な,零次元ポーランド空間のある種の $\sigma$-イデアルに付随する強制法になります.先日,ヨーロッパの何人かのロジシャンに無限回同値数列を付加する強制法としてどのようなものを思い付くか尋ねたところ,解答としてはいわゆる全分岐ミラー強制法 (full-splitting Miller forcing) のような典型的な零次元的な強制法しか出てきませんでした.

 そんなこんなで長きにわたって数理論理学者は零次元に没頭し,位相次元論を忘却してきました.しかし,ザプルタルたちが明らかにしたように,無限次元の世界がロジックの新しい道を切り開いていくことがあるようです.未来のロジックにおいて,無限次元トポロジーがどのような役割を担っていくのか,今後の動向から目を離せませんね!




(追記) 主な参考文献
J. Zapletal, Dimension theory and forcing. Topology and its Applications 167 (2014), 31–35.
R. Pol and P. Zakrzewski, On Borel mappings and $\sigma$-ideals generated by closed sets. Advances in Mathematics 231 (2012), no. 2, 651–663.




※本稿は,2015年9月に執筆して以来,長らく下書きの非公開状態で放置していたものを今更公開したものです.

2 件のコメント:

  1. >ザプルタルは,強無限次元ヘンダーソン・コンパクト空間の有限次元閉部分集合から生成されるがキャリブレーションを持つこと

    生成される、の後に何か名詞が抜けているようです。

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  2. ご指摘ありがとうございます。なぜか σ-イデアルが抜けてましたね……。修正いたしました。

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